退職金の前払い制度とは|税金・社会保険料の扱いと退職金との手取りの差、DCとの選択制
退職金の前払い制度で毎月の給与に上乗せされる退職金相当額は、退職金ではなく給与として扱われます。所得税は給与所得になり、退職所得控除は使えず、社会保険料の対象にもなります。勤続25年・退職金相当額1,500万円を前払いにした例では、手取りの合計は1,095万円、退職金で受けた場合は1,474万円でした(当サイト試算)。会社が企業型DC(確定拠出年金)との選択制にしているときは、DCの事業主掛金は給与所得の収入金額に含まれません。会社に勤めている方向けに、原典をもとに整理します。
前払いを選ぶと、税金と社会保険料はどう扱われるか
退職金の前払い制度は、退職時に払うはずの退職金相当額を、在職中の毎月の給与(や賞与)に上乗せして支給する仕組みです。国税庁の質疑応答事例は、この制度で支給される退職金相当額は退職により一時に支払を受ける給与ではないから退職所得に当たらず、給与所得になると回答しています(根拠は所得税法第28条第1項)。
| 項目 | 前払い(毎月の給与に上乗せ) | 退職金(退職時に一時金) |
|---|---|---|
| 所得税の区分 | 給与所得 | 退職所得 |
| 退職所得控除・2分の1 | 使えない | 使える |
| 社会保険料 | 報酬等に当たり、対象になる | 退職手当は報酬等に当たらない |
| 受け取る時期 | 在職中、毎月(や賞与のとき) | 退職したとき |
※出典:国税庁 質疑応答事例(所得税)・所得税基本通達30-1・No.1420、日本年金機構 標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集 問1、所得税法第28条・第30条、健康保険法第3条第5項、厚生年金保険法第3条第1項第3号。
退職所得の定義は、所得税基本通達30-1が「本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与」としています。毎月の給与と一緒に払われる前払い分は、退職しなくても支払われるため、この定義に当たりません。退職所得の控除額の計算は企業型DCの受け取り方と税金と退職金の手取り計算機にあります。
社会保険料:前払いは「報酬等」に入る
健康保険法第3条第5項と厚生年金保険法第3条第1項第3号は、報酬を「労働者が、労働の対償として受けるすべてのもの」とし、臨時に受けるものと3か月を超える期間ごとに受けるものを除いています。日本年金機構の事例集は、退職手当は労働の対償として受けるものでないので報酬等に該当しないとしたうえで、毎月の給与や賞与に上乗せして前払いされる場合は、被保険者の通常の生計に充てられる経常収入として報酬等に該当するとしています。
報酬等が増えると標準報酬月額が上がる場合があり、保険料は本人と会社が分けて払うため、どちらの負担も増えます。標準報酬月額を用いて算定される給付も増える方向になりますが、増え方はこのページでは試算していません。
例外:制度を切り替えるときの過去分
前払い制度に切り替えるとき、移行日より前の勤続期間に当たる退職金相当額を、一時金で払う会社もあります。国税庁の質疑応答事例は、これを在職中に支払うと給与所得、実際に退職するまで据え置いて支給すると退職所得になるとしています。切り替えの案内に「一時金で支給」とあるか「退職時まで据え置き」とあるかで、税の区分が変わります。
前払いと退職金で、手取りはいくら違うか:1,500万円の例
勤続25年で、退職金相当額が1,500万円の人を考えます。前払いなら月5万円(年60万円)を25年間、給与に上乗せして受け取ります。前払い前の年収は450万円、前払い後は510万円と仮置きし、増えた60万円に毎年かかる所得税・住民税・社会保険料を25年分合計しました。退職金なら、25年勤めて退職するときに1,500万円を一時金で受け取ります。退職所得控除額は、800万円+70万円×(25年−20年)=11,500,000円です。
| 項目 | 前払い(月5万円×25年) | 退職金(退職時に一時金) |
|---|---|---|
| 額面の合計 | 1,500万円 | 1,500万円 |
| 所得税・住民税 | 142万円 | 26万円 |
| 社会保険料(本人負担) | 263万円 | 0円 |
| 手取りの合計 | 1,095万円 | 1,474万円 |
※当サイト試算。40歳未満・扶養なし・協会けんぽ東京の令和8年度の料率(介護保険料なし)で、前払い前の年収450万円・前払い後の年収510万円が25年間続くと仮置き。年収を12で割った額を毎月の給与とする簡易計算で、標準報酬月額の等級が上がる分を含みます。退職金は「退職所得の受給に関する申告書」を出した場合で、他に退職手当等はなく役員等でもありません。住民税は所得割10%の簡易計算です。年収・勤続年数・金額はすべて仮置きで、昇給・物価・運用・将来の厚生年金額の変化は含みません。
この例では、額面が同じ1,500万円でも、手取りの合計は退職金の方が約378万円多くなりました。差の中身は、前払いには退職所得控除がなく、社会保険料がかかることです。前払いを選ぶと、毎月の手取りは約36,516円増えます。
どれだけ違うかは、勤続年数・退職金の額・年収で変わります。数字を変えて試すなら、退職金側は退職金の手取り計算機、給与側は給与手取り計算機が使えます。
企業型DCとの選択制だったら
会社によっては、「企業型DC(確定拠出年金)に加入するか、退職金の前払いを給与で受け取るか」を選ばせる制度があります。厚労省の法令解釈通知は、企業型年金の加入者になる資格に条件を設ける場合、加入者にならない従業員には退職手当制度(退職手当前払制度を含む)が適用され、事業主掛金の拠出に代わる相当な措置が講じられているようにする、としています。選択制の前払いは、この代替措置として設けられている場合があります。
DCを選ぶと、税と社会保険料はどうなるか
- 拠出時の所得税:企業型年金規約に基づく事業主掛金は、給与所得の収入金額に含まれません(所得税法施行令第64条第1項第4号)。前払いで受け取る給与は、給与所得に入ります。
- 給与を減らして掛金にする仕組みの注意:給与や賞与を減額して、その分をDCの事業主掛金にする仕組みでは、社会保険・雇用保険等の保険料負担が軽くなる可能性がある一方、標準報酬月額が下がることで、これらを用いて算定される給付が減る可能性があります。通知は事業主に正確な説明を求めており、Q&A(№70)は具体的な事例を用いた説明が望ましいとしています。
- 前払い金の額:Q&A(№48)は、DCに加入しない人へ掛金と同等の額を前払い金として払う場合でも、前払い金にかかる所得税を引いた後に掛金と同等になるように支給する必要まではないとしています。掛金と同額の前払いでも、税や社会保険料の分、手元に残る額は掛金より少なくなります。
- 受け取れる時期:企業型DCの老齢給付金は、60歳以上で、加入期間などの要件を満たしたときに請求できます(確定拠出年金法第33条)。前払いのように在職中に自由に使うことはできません。受け取り方と税は企業型DCの受け取り方と税金にあります。
選び直しはできるか
Q&A(№47)は、退職金前払い制度とDCの選択制にした場合について、前払いを選んだ人がDCの加入者になることは、規約に定めがあればできるが、一度DCを選んだ人は前払いへ戻れないとしています。前払いからDCへ移れる時期(毎年の選択時期など)は規約で決まります。
前払いと退職金の、メリットとデメリット
前払いの特徴
- 毎月の手取りが増える:在職中に使える額が増え、貯める・運用する・返済に回すなど、使い道を自分で決められます。
- 退職まで待たずに受け取れる:退職金のように退職のときまで待たず、勤めている間に毎月受け取れます。
- 課税と保険料の負担が毎月かかる:給与所得になり、退職所得控除が使えません。社会保険料の対象にもなります(前の試算のとおり)。
- 貯めなければ残らない:毎月の給与に混ざるため、使い道を決めないと老後資金として残りにくくなります。
退職金(一時金)の特徴
- 税負担が軽い:退職所得控除と2分の1課税があり、社会保険料もかかりません。勤続年数が長いほど控除額が大きくなります。
- 退職するまで受け取れない:在職中は使えません。受け取る額は会社の退職金規程と勤続年数で決まります。
どちらが合うかは、貯める習慣、勤続年数の見込み、企業年金やDCの有無で変わります。上の試算は一つの例で、有利不利を決めるものではありません。
選ぶ前に、会社の制度で確かめる点
前払いの条件は会社ごとに違い、このページでは数字を載せていません。次の点を、案内や就業規則で確かめておくと、比べやすくなります。
- 前払い額が、月額で決まるのか、勤続年数や等級で決まるのか。賞与のときに上乗せされるのか
- 前払いを選ぶと、退職時の退職金が減るのか、なくなるのか
- 選べる時期(入社時、毎年など)と、選び直しができるか
- 企業型DCとの選択制か。DCを選んだときの掛金の額と、拠出限度額の範囲
- 制度を切り替えるときの過去分の退職金が、在職中に一時金で支給されるのか、退職まで据え置かれるのか
退職金の手取りは退職金の手取り計算機、退職金の相場は退職金の平均で調べられます。
よくある質問
Q. 前払いを選ぶと、退職所得控除は使えますか?
A. 使えません。国税庁の質疑応答事例は、前払い制度で毎月の給与に上乗せして支給される退職金相当額は、退職により一時に支払を受ける給与ではないので退職所得には当たらず、給与所得(所得税法第28条第1項)になると回答しています。退職所得控除と2分の1課税は、退職所得(同法第30条)の計算の仕組みです。
Q. 前払いにすると、社会保険料は増えますか?
A. 増える方向になります。日本年金機構の事例集は、退職手当そのものは報酬等に当たらないが、毎月の給与や賞与に上乗せして前払いされる場合は、被保険者の通常の生計に充てられる経常収入として報酬等に該当するとしています。報酬等が増えれば標準報酬月額が上がる場合があり、その分、本人と会社が払う保険料も増えます。
Q. 制度を前払いに切り替えるとき、過去の分の退職金はどうなりますか?
A. 国税庁の質疑応答事例は、移行日前の過去勤務期間に係る一時金を、在職中に支払うと給与所得、実際に退職するまで据え置いて支給すると退職所得になるとしています。どちらになるかは会社の規程で決まるため、切り替えの案内で確かめてください。
Q. 前払いを選んだあと、退職金の制度に戻せますか?
A. 戻せるかどうかを定めた法令は、今回取得した原文の中にはありません。会社の退職金規程や就業規則で決まります。企業型DCとの選択制の場合は、厚労省のQ&A(№47)が、前払いを選んだ人が企業型年金の加入者になることは規約に定めがあればできるが、一度DCを選んだ人は前払いへ戻れないとしています。
Q. 住民税はどうなりますか?
A. このページの試算は、住民税を所得割10%の簡易計算で含めています。住民税の扱いを定めた原文は、今回取得していないため、制度の説明には書いていません。具体的な額は、お住まいの市区町村に確かめてください。
Q. 前払いと退職金は、どちらが手取りが多くなりますか?
A. 額面が同じなら、このページの試算では退職金で受け取る方が手取りは多くなりました。ただし、結果は年収・勤続年数・退職金の額・企業年金の有無で変わります。また前払いは、受け取った分を自分で使う・貯める・運用する自由度があり、標準報酬月額が上がる分は将来の給付の算定にも反映されます。試算には含めていません。
参考・出典
- 国税庁 - 質疑応答事例(所得税)企業内退職金制度の廃止による打切支給の退職手当等として支払われる給与(いわゆる退職金前払い制度へ移行する目的で廃止する場合)(令和7年8月1日現在。2026年10月3日確認)
- 国税庁 - 所得税基本通達 法第30条《退職所得》関係(30-1・30-2)(2026年10月3日確認)
- 国税庁 - No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)(2026年10月3日確認)
- e-Gov法令検索 - 所得税法(第28条・第30条)・所得税法施行令(第64条)(2026年10月3日確認)
- e-Gov法令検索 - 健康保険法(第3条)・厚生年金保険法(第3条)(2026年10月3日確認)
- e-Gov法令検索 - 確定拠出年金法(第33条)(2026年10月3日確認)
- 日本年金機構 - 定時決定(算定基礎届)の標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集(PDF)問1(2026年10月3日確認)
- 厚生労働省 - 確定拠出年金制度の法令解釈通知「確定拠出年金制度について」(2026年10月1日現在)・確定拠出年金Q&A(令和8年10月1日施行)(2026年10月3日確認)
※税額・手取りは、他に所得がなく、役員等でも勤続5年以下でもない一般の会社員の目安です。前払いの条件・退職金の額・企業年金の有無で結果は変わります。具体的な取り扱いは、勤務先の人事・年金担当、所轄の税務署、年金事務所、税理士等にご確認ください。